2025.12.18 【12月18日安全講演レポート】右ハンドル・左ハンドルと注意機能の偏り|脳科学から見るヒューマンエラーと運転安全

先日、高度な技術と厳格な安全基準を求められる国内トップクラスの製造・重工業企業様において、安全大会の講演依頼を頂き、ヒューマンエラーを脳科学の観点からお話しさせていただきました。
本記事ではその講演後の質疑応答としていただいたご質問、
「車の運転で右ハンドルの国、左ハンドルの国があるけれども、注意機能の右半球優位性は国によって異なるということはありますか。また、個人差はありますか。」
についてヒューマンエラー・注意機能・脳科学・運転安全という観点から、整理して解説します。
なかなか鋭いご指摘でドキッ!としました。
というのも、講演では「注意機能は右半球優位である」という一般的な研究知見を踏まえ、右利きの方では右半球優位となるケースが多数を占めることを前提に説明を進めたため、個人差について十分に触れないままお話ししていたからです。
また、注意機能の左右の配分が大きく関与すると考えられる「車の運転」という行為において、右ハンドルと左ハンドルという交通環境の違いを、脳の注意機能という視点から捉え直すという発想は、非常に示唆に富んだものであり、私自身にとっても改めて考えさせられる問いでした。
《なぜ右利きの人では「左視野に注意が向きやすい」のか(注意機能と脳科学)》
まずは講演でお話ししたように右利きの人では、空間性注意(どこに注意を向けるかを決める機能)は右半球が主に担っています。
(補足:言語機能は左半球に優位)
ただし右利きの人が全員ではなく、先行研究の知見を総合すると
右利きの人の約95%が注意機能は右半球優位(左視野優位)となっています。
この「機能分業」が、
左視野への注意の偏りを生みます。
視覚情報は、目(網膜)から脳へ送られる過程で視交叉を起こします。
そのため、
• 左視野の情報 → 主に右半球へ
• 右視野の情報 → 主に左半球へ
と入力されます。
ここで重要なのは、
右半球は左右両方の空間に注意を配分できるのに対し、左半球は主に右側空間のみを担当するという非対称性です。
つまり、注意資源が相対的に豊富な右半球に入力される左視野の方が、より素早く・無意識的に注意を引きやすいという傾向が生じます。
これは、「左側ばかりを見る癖がある」という意味ではありません。
あくまで、危険の検出や空間的な変化に対して、左側の情報が気づかれやすいという、微妙な注意の偏りを指しています。
《左利きの人の注意機能は左半球優位???》
「左利きなら注意機能も逆転するのか?」
という疑問を持たれがちですが、研究知見はそう単純ではありません。
左利きの人では、
• 注意機能の左右差が弱まる
• あるいは、両半球でより均等に分担される
という傾向が示されています。
右利きの人のように明確な右半球優位が出にくい、というのが現在の理解です。
したがって、
左利き=右視野優位
と単純に逆転するわけではなく、
注意機能の左右差には利き手や個人差があり、一律ではありません。
《右ハンドル・左ハンドルと注意機能の偏り(運転安全との関係)》
さて左ハンドルの車と右ハンドルの車の運転においてこの注意機能の左右差はどのように影響するか、という興味深いご質問に対して、
仮説、という形でご説明していきたいと思います。
まず大前提として右ハンドルと左ハンドルの違いは、脳科学的理由で決まったものでなく、主な要因は、
• 歴史的背景(騎馬文化・利き腕)
• 法制度
• 植民地支配や交通制度の継承
といった社会的・歴史的理由です。
そのうえで「脳の特性」との相性を考えるなら注意機能が右半球優位で、左視野に自然と注意が向きやすいという特性を前提にすると、
• 危険対象(対向車・歩行者・交差点)が左側に配置される状況
• 左側の確認がより重要になる環境
は、脳の自然な注意特性(左側視野優位)と相性が良いと考えることができます。
この観点から見ると、
左側通行・右ハンドルの交通環境は、脳の注意機能と親和性が高い可能性がある
という仮説は十分に成り立ちます。
一方で、運転という行動は、
繰り返しの学習や習慣化、環境への適応に加えて、社会的に共有されている行動規範や、安全に関する教育・啓発の積み重ねの影響、
つまりその社会における交通文化の成熟度によって大きく形づくられます。
また、注意の働きを担う脳の仕組みは柔軟性が高く、日々の経験や訓練を通して、どこに注意が向きやすいかという傾向は少しずつ変化していきます。
そのため、
• 右ハンドルだから安全
• 左ハンドルだから不利
といった単純な結論は出せません。、
実際の安全性は、制度・教育・設計・文化といった要因の方が圧倒的に大きな影響を持っています。
《おわりに》
今回のご質問は、「脳の特性がそのまま安全性を決めるのか」という、非常に本質的な問いでした。
脳科学の知見から見ると、人の注意には確かに偏りや傾向があります。
しかしそれは、優劣や決定論を導くものではなく、人がどのように学び、どのような環境で行動を形成していくのかを理解するための“前提条件に過ぎません。
重要なのは、人は不完全で、注意にも偏りがある存在であるという事実を前提に、それでも安全が保たれるように、教育・制度・設計・文化をどう整えていくかという視点です。
頂きましたご質問は、講演でお話しした、人の脳の特性を理解したうえで、環境や仕組みを進化させていくことと結びつく本質的なご質問でした。
今回の質疑応答が、脳科学を単なる知識としてではなく、現場の安全や日々の行動を見直す一つのヒントとして役立てば幸いです。
企業の安全教育やヒューマンエラー対策においても、脳の特性を前提とした理解は、今後ますます重要になるでしょう。

