2025.03.03 ヒューマンエラー情報の共有と心理的安全性は両立できるのか?~講演「脳科学から知るヒューマンエラーとその対策」Q&Aより~
先日、「脳科学から知るヒューマンエラーとその対策 ~ヒューマンエラーを脳から理解する~」というテーマで講演での質疑応答の第2弾です。
原因をシステマティックに分析して対処に万全を尽くしたとしても脳科学的には 「認知バイアス」や「知覚バイアス」 に代表されるように
脳は「だまされやすい特性」を持っており、個人レベルで頑張ってもヒューマンエラーを完全には防ぎきれない。
そこで、個人(ミクロ的視点)に加え、
組織を 「ゲシュタルト的ダイナミックな脳」として捉えていく必要があることをお話しし、
具体的には、心理的安全性 と 集合知 を大切にした組織文化の構築がポイントである、とお伝えしました。
質問:エラー情報を共有することの重要性と心理的安全性の確保は矛盾しないか?
講演後にいただいたご質問のひとつが、
「ヒューマンエラーやエスカレーション等の問題が起こったとき、それを共有することが組織にとって重要な一方で、情報を共有された本人(ミスを起こした人)が『みんなの前で自分のミスを晒された』と感じてしまい、心理的安全性が損なわれるのではないか?」という疑問です。
確かに、個人のミスやエラー情報を組織で共有するとき、本人が強い羞恥心や劣等感を抱いてしまうと「エラーを報告しづらい」「共有するのが怖い」という雰囲気が生まれかねません。
その結果、エラー情報が隠蔽され、今後の再発防止や組織学習につなげられなくなる恐れがあります。
【1】 個人を責める文化から「学習のための共有」へ
「エラーが起きたら、誰が悪いのかを責める」という雰囲気の組織では、人は安全だと感じられず、心理的安全性が失われます。
エラー情報の共有は、学習や再発防止に活かすために行うもので、個人を攻撃・非難するためではありません。
ですから、
➀「ミスを指摘する」のではなく、「ミスから学び、改善する」 という姿勢
➁個人への過度な責任追及ではなく、m-SHELモデルでいう組織的・環境的要因を含めて再考する
➂「誰かを糾弾する」ではなく、「同じミスが起きないよう、組織全体で連携していく」
という考え方が大切です。
【2】ブレイム・アプローチを徹底する
「ブレイムレス(No-Blame)・ポストモーテム」という考え方があります。
失敗やエラーが起こったとき、個人を責めずに 事実とプロセスを客観的に振り返り、学習を共有する仕組みです。
➀事例検討は“人”ではなく“仕組み・プロセス”にフォーカスする
たとえば、「◯◯さんがやったからミスした」ではなく、
「こういう手順や環境だからミスが起きやすかった」
「このタイミングで確認作業を挟まなかったことがミスを誘発した」
など、仕組みや手順、環境条件に焦点を当てます。
➁個人名ではなく、“事例番号”や“ケース”として扱う
「Case #001」などと呼び、具体的な当事者名を出す必要がない場面では出さない。
必要以上の個人特定を避け、本人の羞恥感や劣等感を軽減します。
➂報告してくれた人・共有してくれた人に感謝する
「ご報告ありがとう。あなたのおかげで、ほかの人や私たち全体が同じミスを回避できる」と伝える。
本人が「共有してよかった」と感じられることが重要です。
【3】 同じエラーが再発しない仕組みをつくる
➀ヒヤリハット事例やエラーレポートのデータベース化
定期的に起こりうるエラーをまとめ、いつでも参照できる形にしておく。
そうすることで、
「これは個人の特殊な失敗ではなく、誰しも起こりうることなんだ」と認識できます。
➁“振り返りミーティング”の定例化
エラーやトラブルが起きたら、可能であれば短い単位(週1回など)で必ず振り返りミーティングを実施し、
「何が起こったか」
「どうして起こったか」
「再発を防ぐにはどうすればいいか」
を共有・議論します。
ポイントは、「責める場」ではなく、「学ぶ場」として設定すること。
上司やファシリテーターが、その方向性をしっかり示す必要があります。
【4】 心理的安全性が保証されることで、情報共有が活性化する
心理的安全性がある組織では、「ミスがあってもまずは共有しよう」という雰囲気が醸成されます。
その結果、組織の中でエラーの再発防止策が回りやすくなり
組織としての学習速度が上がる のです。
一方で、心理的安全性が低く、ミスを責められる雰囲気の組織では、エラー情報が隠れがちになり、
同じ失敗が繰り返されるリスクが高まります。
【5】「情報共有」と「心理的安全性」を両立させるためのポイント
Point1.原因分析は個人ではなく「システム」・「プロセス」に目を向ける
Point2.報告者にはまず感謝し、改善へつなげる風土を作る
Point3.個人名を必要以上に強調せず、客観的な事例として扱う
Point4.定期的な振り返り(ミーティングや報告会)を“ブレイムレス”に行う
Point5.共有した失敗・ミスを、みんなで活かす(改善策を決めて実施する)
こうした取り組みによって、「自分がミスをしても、組織の成長にプラスになるなら共有していい」という心理的安全性が保たれます。
【さいごに】
ヒューマンエラーは一見「個人の問題」のように捉えられがちですが、実はマネジメントやシステム、環境要因など多角的な原因があります。
エラー発生時の情報を共有することは、同じミスの再発を防ぎ、組織全体が成長するために欠かせないプロセスです。
一方で、共有された当事者は「私が責められている」「恥をさらしている」と感じてしまうかもしれません。
この 「エラー情報の共有の重要性」 と 「心理的安全性の確保」 は決して矛盾するものではなく、
「ブレイムレス・アプローチ」や
「プロセス重視の振り返り」 を徹底することで、両立させることが可能です。
結果として、より信頼しあえる組織文化が育ち、ヒューマンエラーの減少や迅速なトラブル解決へとつながっていきます。
組織文化は一朝一夕には築かれませんが、組織の方向性を常に明確にし、一歩ずつ着実に進むことで醸成されていきます。
まずは小さな一歩から踏み出すことが、企業の確かな成長につながります。
本日のブログ記事が、どなたかの参考になれば幸いです。