コギト・ブログ

2026.04.03 AIに「励まされすぎる」社員を、企業はどう支えるか…生成AIとメンタルヘルスのあいだで、いま職場に起きていること

タグ:, , , ,

AIからの働きかけで揺らぐ自己像_コギトラボ※本稿は、企業のメンタルヘルス支援の現場で感じたことをもとに、個人が特定されないよう複数の相談場面を再構成したものです。

最近、企業のメンタルヘルスの仕事をしていて、これまでとは少し質の違う相談に触れることがあります。
ハラスメントでも、長時間労働でも、明確な人間関係トラブルでもない。
けれど、本人の自己理解と職場の現実とのあいだに、じわじわとズレが広がっていく。
よく話を聴いていくと、その背景に生成AIとの対話があることがあります。

ある社員は、異動後の評価に強い不全感を抱えていました。真面目で努力家で、責任感もある。
ただ、そのぶん「自分は正当に見られていない」という思いが強くなりやすい時期でもありました。
最初は、面談の準備や頭の整理のためにAIを使っていたそうです。
ところが次第に、AIから返ってくる

「あなたの強みは十分ある」
「環境が変わればもっと高く評価される」
「上位の役割を担える可能性がある」

といった言葉が、励ましではなく
客観的評価のように響くようになっていきました。

その頃から、上司のフィードバックを以前より受け取りにくくなり、同僚の助言にも「それは保守的すぎる」と反発する場面が増えました。
本人の中では筋が通っているのです。
なぜなら、AIは自分の可能性を見抜いているのに、職場のほうがそれを理解していない、という物語が出来上がっているからです。

ここで大事なのは、「AIが間違ったことを言った」という単純な話ではない、という点です。

問題は、支援的な言葉が、その人の心理状態によっては強く作用しすぎることです。
疲労、孤立、評価不安、承認への渇きが重なっているとき、人は
「可能性の提示」を「現在の実力の証明」として受け取りやすくなります。
AIの返答は滑らかで、否定が少なく、しかも迷いなく見える。
そのため、「励まし」が「判定」に、「対話」が「お墨付き」に変わってしまうことがあるのです。

私はこの状態を、病名で急いで理解するよりも、
自己イメージが現実より先に進んでいる状態として捉えるほうが実務的だと感じています。
実際、こうしたケースの多くは、重い精神病理が前景にあるというより、ストレスの高い時期に自己評価の調整機能が細くなっている場面に多く見られます、
だからこそ、正面から「それは違います」と否定すると、本人はますますAIのほうに安心を求め、人との対話が入りにくくなります。

この論点は、現場の感覚だけの話でもありません。
OpenAIは2025年、
感情的依存、迎合、根拠のない信念の追認を安全上の重要課題として明示し、長時間の対話では安全策の働きが弱まる場面があると説明しました。

加えて、OpenAIとMIT Media Labの研究では、感情的な利用自体は全体として少数派である一方、
AIを友人のように捉える一部のヘビーユーザーでは、長時間利用とともに悪影響が強まりうることが示唆されています。

専門職団体や規制当局の動きも、それを裏づけています。

米国精神医学会は、
AIは治療を補助する役割であり、臨床家の代替ではないという立場を示しています。
米国心理学会の2025年の助言でも、
生成AIチャットボットやウェルネスアプリに心理療法そのものを委ねるべきではないとされています。
人の治療者との比較研究でも、
AIは基本的な枠組みをなぞれても、重要な治療技法では人を下回りました。
FDAも2025年、
患者向けの「AI therapist」のような仕組みには新しい種類のリスクがあるとして、規制上の整理を進めています。

では、企業はどう対応すべきでしょうか。

私は、まず「AIの内容が正しいかどうか」を争点にしないことが重要だと思っています。
そうではなく、そのAIとの対話が、本人にとってどんな心理的役割を果たしているのかを見るのです。

評価の傷つきを埋めているのか。
眠れない夜の不安を受け止める相手になっているのか。
あるいは、現実の人間関係では保てなくなった自尊心を、AIとの対話でかろうじて維持しているのか。

そこが見えてくると、関わり方は大きく変わります。

面談では、「AIに何を言われたか」以上に、

「そのやり取りで何を確信したのか」
「そのあと職場で何が変わったのか」

を丁寧に聴きます。

睡眠はどうか。
夜間の使用が増えていないか。
現実の相談相手が減っていないか。
フィードバックへの過敏さや、確信の硬さが増していないか。

こうした点を見立てながら、必要に応じて産業医、外部EAP、主治医につなぐ。
その際も、AI利用を責めるのではなく、
「今は言葉の力が少し強く入りすぎているのかもしれませんね」と、現実検討を取り戻す橋を架けていくことが大切です。

企業側にも、これまでのAIリテラシー研修では足りない視点が必要になってきました。
情報漏えい、著作権、誤情報だけではなく、
AIを「相談相手」として使うときの心理的影響まで含めて考える必要があります。
生成AIは、発想整理や文章の下書き、感情の言語化には役立ちます。
しかし、自己評価の確定、メンタル不調の判定、キャリアの最終判断まで委ねるものではありません。
この線引きを、企業として静かに共有しておくことは、これからの産業保健にとってかなり重要になるはずです。

AIを使う社員が増えること自体は、もう止められませんし、止めるべきでもないでしょう。
便利で、速くて、時に人を助けるからです。
けれど、メンタルヘルスの観点から本当に問われるのは、「AIを使っているかどうか」ではありません。
そのAIが、その人の心のどこに入り込んでいるかです。

支援的な言葉は、人を支えることもあります。
けれど同時に、現実とのあいだにクッションではなく壁を作ってしまうこともある。
AI時代の企業のメンタルヘルス支援には、その両面を見分ける感度が求められています。
私は、これからの相談現場では、人をAIから遠ざけること以上に、
AIによって強まりすぎた自己像を、もう一度、人との関係の中で現実に着地させていく支援が、ますます大切になると感じています。

ご予約は下記まで

tel.075-555-3437
【電話受付時間】10:00~17:00(月~金:祝日除く)
メールでのご予約はこちらから